いばらの王 -King of Thorn-


先週封切りされたばかりのユナイテッド・シネマ札幌で見てきた。東京では5月頭から公開されていたのだけど、地域によっては8月まで待たなければならないところもあるようでちょっと不思議な上映スケジュール。時間差で徐々に認知度を上げていこうという作戦だろうか。
原作はコミック・ビームで連載されていた岩原裕二の漫画。全6巻で完結済み。この漫画家さんはアフタヌーン誌でのデビューから追いかけているお気に入り。メリハリのあるベタを駆使したシャープな描線と、推理小説ばりの緻密なプロットが持ち味。特にこの「いばらの王」は、作者が「低予算のハリウッド映画のような感じ」を目指したと言うだけあって、息もつかせぬアクションと謎だらけの展開で読者をぐいぐいと引っ張ってくれる。連載中はコミック・ビームの看板漫画扱いだったし、単行本も売れているようだ(特に海外での評価が高い)。
で、原作ファンで最後までストーリーを把握している自分がこの映画を見た感想。うん、これは原作とは別の作品。もともと、原作の雑誌連載用にストーリーの山場をいくつか用意した構成はそのままでは映画向きではないし、そもそも2時間弱の映画のためには枝葉の分量が多すぎる。そこで監督がバッサリと鉈をふるったようなのだが……心意気は買うし一本の映画としてはまとまっているので(ツッコミどころは多々あるが)良しとしたい。世界設定について、より踏み込んでいる部分もあるし、原作を知っていても十分謎解きを楽しめる。が、色々と惜しい。
原作後半に登場する全ての黒幕である人物、ゼウスを完全に消去して、ストーリーの核心をカスミとシズクの双子の関係に置き換えた換骨奪胎の大手術は英断。これで映画として一本筋が通った。ゼウスという絶対悪を排除し、物語のキーになる「メデューサ」の本来の性質に沿った謎解きの演出がなされていると言える。ただ、その代わり原作で掘り下げられていた、対ゼウスを行動指針としていたマルコ(刺青の男)とピーター(メガネの技術者)のキャラクターがひどく頼りないものとなってしまった。最近のアメリカドラマのメインストリームとなっている群像劇の要素が薄められてしまったのは残念。童謡「いばら姫」の解釈をキャサリン(看護師)に重ねる演出などはなかなか成功していると思われるだけに惜しい(それでも原作の感動的な「変身」のシーンなどは当然無い)。
メデューサ」の謎については、セカイ系的な解釈を加えたことにより原作とはまた一味違った楽しみ方ができる。ただ、かなりの部分、解釈を観客に委ねているので(というよりほとんど投げっぱなしなので)、公式サイトやパンフレットを十分眺めてからもう一度映画を見に行くと幸せになれるのかもしれない。もっとも、もう一度劇場に足を運ばせるにはフェティッシュな魅力が若干薄いんだよな……カスミはかなり魅力的に描かれているんだけど、ここはもう少し観客に媚びてもいいところ。これはモンスターの造形についても同様。
そんなわけで、映画としての出来は決して悪くない。原作クラッシャーでもない。映像のクオリティもかなり高い(3DCGで描写された人物に若干の違和感があるくらい)。ただ、脚本の細部の詰めが甘いのでそれが気になる人の場合は評価がグッと下がることと思う。それでも僕にこれだけの感想を書かせるだけの力のある映画だと思う。「CUBE」や「ファイトクラブ」のような映画が好きなら多分楽しめる。