「の現代史」講談社現代新書 ササキバラ・ゴウ ISBN:4061497189

「美少女」の現代史 (講談社現代新書)
現在の「萌え」につながる「美少女」の誕生を七十年代から掘り起こしている労作。七二年生まれの僕としては七十年代の文化風俗はどうしても後付けで追いかけたものになるが、それでも著者の示す作品群とそれに対する時代の空気感は首肯できるものだった。さすがは元少年キャプテン編集長、ハズしていない。特に「炎の転校生」に対する考察は唸らされた。確かに八十年代においては、熱血を真摯に描くためにはパロディとしてしか描き得なかったのだ。当時そうした「わかってやっている」パロディを理解し得ない同世代の友人が居たことを思い出す。僕が薦める安永航一郎ゆうきまさみの漫画をどこが面白いのかわからないと言っていた彼は、スペースコブラあしたのジョーといった作品が好きだった。そういう意味では当時にしても彼は古風な読み手だった。それから二十年経って今度は逆に、八十年代に生まれたパロディとしてしか表現し得なかった「燃え」は、何をパロディにしていたのか忘れ去られてしまったように感じる。過渡期といえる八九年に漫画版の連載が始まった「機動警察パトレイバー」の第一話で、主人公の泉野明が主役ロボットを見て「これは……趣味の世界だねえ」と呟くシーンがある。この時点ではまだ、警察にロボットが配備されるなんて嘘っぱちの世界なんだよ、という製作者側のエクスキューズが発せられている。ところが物語が進展するうちに「正義の味方」パトレイバーの敵役として、冷酷無比な多国籍企業の操る強力なロボット「グリフォン」が登場するあたりからバランスが崩れてくる。プロジェクト遂行のためなら一国の法律や人の命など一顧だにしない敵の描かれ方は、製作者の用意したパロディとしての舞台装置の枠を踏み越え、洒落にならない暴力として噴出してしまう。こうした過剰なパロディ表現の手つきのみが現在では一人歩きしていると著者は指摘する。そこからさらに「燃え」は「萌え」に読み替えられて、自分自身の行動の無根拠さを美少女に仮託しようとする流れが九十年代にあったとする主張にはイマイチ腑に落ちないものを感じるけど、個人的な漫画雑誌の読書遍歴に照らし合わせるならこんな感じか。↓

「燃え」→「萌え」の意識変化を自分なりに追うとこうなる*1。ここに格闘ゲーム美少女ゲームの変遷や、もちろんアニメ作品にライトノベルの流れも絡んでくるので、個人史を追うだけでも気が遠くなる。二百頁に満たない本書で、「美少女萌え」全体をカバーしようというのは土台無理な話なのだけれど、最終章で「キャラクターとしての美少女と視線」という話題に話を持っていくまでの資料の整理の付け方はそれなりに説得力がある。男の子がセクシャルな視線でキャラクターに萌えるのはなぜか、という一点に限定して「萌え」を扱っているのが本書の強みだと思われる。
最近書いているライトノベルのネタ詰めで「恋愛不全」ということを考えている。具体的な分析対象としては「最終兵器彼女」とか「撲殺天使ドクロちゃん」あたりなんだけど(そーいや「世界の中心で、愛をさけぶ」もネタ集めのためという大義名分で行ったんだった……。「イリヤ」はこの本と一緒に買ってきたのでこれから読みます)。で、それなりに解を出した状態で、この本を読んだ。そのあとAmazonの著者からのコメントを見て膝を叩いた。

 この本は、以下のような疑問を手がかりにして、書き進められました。
等身大フィギュアはともかく、ラブドールはさすがにヤバイような気がするんだが、行ってしまっていいんだろうか。
■「ほしのこえ」を作ったのは男性なのに、なぜ女性の一人称で話が進むんだろうか。
■昔「男おいどん」を読んで泣けたのはなぜだろう。
(十三項目あるうち三つを抜き出し)
 上記の疑問を2つ以上感じたことのある方には、ぜひ本書のご講読をお勧めします。

なるほど、そーゆー疑問の回答としてこの本は十分に期待にこたえている。三つ当てはまった僕は読んだ甲斐があったもの(上の書影リンクからAmazonの紹介ページへ飛びます)。

*1:余談だが萌えを語るときに必ず頭を去来するのが、上にもあげた宇宙英雄物語伊東岳彦が多用していた「燃えるぅっ!」という表現。これは先の熱血をパロディ化するための合言葉のようなもので今の萌えのニュアンスをほとんど含んでいなかった。「燃え=センスオブワンダー」が宇宙英雄物語の世界観。古臭いどころかカビだらけのスペースオペラに燃える魂を表現するためのマジックワードだった。主人公の護堂十字がこの「燃え」をヒロインのパンチラカットなどで叫ぶのも照れ隠しを兼ねたギャグとして処理されていたはずなのだ。ところがこの「燃え」が徐々に楽屋落ち的なギャグでも用いられるようになってゆき、現在の「萌え」と同様のニュアンスを獲得していった経緯がある。これに僕が最初に気づいたのは主人公たちが金星人に化けてアルバイトをしている時、お客さんとしてやってきた耳長金星人女子三人組に対して金星人騎士デュランとともに「ちょもえ〜!」と叫んだシーン。当時の伊東岳彦老師の同人誌などではもっとセクシャリティに寄った「燃え≒(ニアリィイコール)萌え」が見られたのではないかと妄想しているのだが……。