象印

ガラス破片
薬缶に湯が沸いたので、魔法瓶を手に立ったら落として割った。みしっという音のあとに、残り少ない湯の中で互いにからからとあたるガラス片のざわめきが尾をひいた。昨日は同じ時刻同じ場所で、母が父の常用している茶碗を割っていた。「なにかあるのかな、ここ」と言うと、洗い物をしていた母はあからさまに嫌な顔をした。
古い魔法瓶である。最近は保温性能も落ちてきていて、朝入れた熱湯が昼時にはお茶を入れるにもぬるくなっていた。もちろん電気ヒーターで保温など目新しい機能はついていない。洗面所で笊(ざる)に破片をあけて、燃えないゴミとして本体と一緒にしておいた。蛍光灯の明かりにキラキラ反射する鋭利な破片は、水銀の毒を秘めていそうで不用意に触ることはためらわれた。
沸いた湯は行楽用のステンレスポットに入れておいた。入る湯量は多いのだがダイニングテーブルに置いておくにはどこか場違いな感じだった。新しいポットから湯を注いでインスタントコーヒーを淹れた。もちろん味は変わらなかった。