「動物と人間の世界認識」筑摩書房 日高敏隆 ISBN:4480860681

動物と人間の世界認識
日本における動物行動学の権威。コンラッドローレンツリチャード・ドーキンスなど翻訳書も膨大かつ著名なものが多いので、こちらで日高先生をご存知の方も多いかもしれない。東大卒。京大で教鞭を取り、滋賀大学の学長まで勤め上げた偉い先生なのに滅法筆が立ち、本書のような科学啓蒙書もすこぶる面白い。松岡正剛氏によると、日本で初めてジーンズをはいて教壇に立った大学教授は日高先生らしい。パンタロンも先生が最初だとか*1
200ページに満たない軽い本である。軽妙な語り口でネコは実物と絵を区別できないとか、アゲハチョウが木の梢の決まった場所を飛ぶ「チョウの道」ができるのはなぜか、など身近な話題を読ませる。動物に対するちょっとした疑問をおろそかにせず、興味を持って観察する科学者の態度に可笑しみすら感じさせる。しかし、そうしたエピソードの中で少しづつ「イリュージョン」というものについて理解を深めることができる。イリュージョンとは動物の知覚の枠の中で構築される世界の事である。たとえばモンシロチョウは紫外線を見ることができる。モンシロチョウの世界は人間が現実と感じている世界とは異なっている。コウモリは超音波を聞き、また自ら超音波を発して世界を認識する。彼らには人間の感じている視覚による世界認識は理解できないだろう。これがイリュージョンである。
8章まででこの知覚の枠とイリュージョンの説明がなされ、残りの4章で人間のみが持つ、概念的イリュージョンについて語られる。人間のみが知覚の枠を越えて論理を組み立て、世界を構築することができる。人間は電波を感じることはできないがそれがあることは知っている。電波を検出し発生させる装置を作って、テレビや携帯電話といったものを自分の世界に組み入れてきた。人間の認識によってイリュージョンに基づく世界は変化する。数世紀前には地球は平らだということが合理的な物の考え方であり、我々はそのイリュージョンの上で生活していた。今は地球は球体であることを「知って」いるが、このイリュージョンもおそらく時代と共にまた変化する。
科学者は真理を発見しようとしているのではない。真理に近づこうとしている、という考えも日高先生は意味がないとしりぞける。なぜなら我々の認知する世界のどれが真実であるかと問うのは意味がないからだ。学者、研究者をふくめて人間はなにをしているのか? それは何かを探って新しいイリュージョンを得ることを「楽しんで」いるのだと先生は説く。これこそ知覚の枠を越えてイリュージョンを紡ぎだせる人間に許された最大の恵みであろう。

*1:松岡正剛の千夜千冊『ネコはどうしてわがままか』:http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0484.html