下町の異界

すずさん

数週間ぶりに映画館へ。「この世界の片隅に」は現代と戦時中の呉・広島を繋げる時間旅行機のような映画だ。ひょいっと主人公すずさんの日常に寄り添って、観客は戦前の広島の雑踏やお嫁に来た軍港・呉の坂道に立っている。声高に反戦を叫ぶ映画でも、戦争の悲惨さを描くわけでも無い。そこにあるのは今僕らの立っている世界へと続く日常だ。
これまで何遍も聞かされてきたような、戦時中の生活の苦しさを、すずさんは「弱ったねえ」と笑いながら淡々と生きていく。嬉しいことも悲しい事も辛いことも、さほど強そうに見えない丸っこい小さな体で受け止めて行く。その小さな世界を見つめる優しい眼差しは始終僕らを愉快にさせ、時に鋭い刃となって不意を突く。
封切り二日目の下町亀有のスクリーンは半分以上埋まっていた。新宿の映画館は既にネット予約で一杯だった。そして印象的だったのがその客層だ。五十代六十代以上の方がとても多かった。戦後世代が作ったこの映画で僕らは太平洋戦争を受け継ぎ次代に伝えられたと、制作に携わった方々にお礼を言いたい気持ちになった。