パクリという言葉について

id:monograghさんの「モノグラフの自由帳」経由。2ちゃんねるラノベ板に一昨日立ったスレッド。香ばしい書き込みを連発する>>1をダシに“月姫をパクッた”作品を列挙するネタスレ。ついつい最新レスまで読んでしまった。今日の12時の時点で500以上ついているレスの応酬の中に「剽窃」や「盗作」という文字が一つも現れないのもある意味凄い。「パクリ」という言葉で語られている気分というものを、自分が理解しているのか不安になったほどだ。
乙一メソッド」の名で、最近この日記でも物語構造の分析を映画について試みている。ストーリーを骨組みにまで解体してしまえば、一定の型に収斂してしまうのはむしろ自明のことのようだ。それは大塚英志が言うように、昔話や民話の研究から導き出されてきたものであるし、乙一が採用していると公言している、ハリウッドスタイルの脚本術でも有効である。
以前コンテンツ関係の仕事をほんの少し齧ったことがある。それは映像、画像関係の仕事だったのだけど著作権について多少は勉強した。従来、小説の著作物において「剽窃」や「盗作」とされてきたものは、引用の手続き無しに著作物の一部を自分のものとして使用すること、もしくは他者の著作物の全部を無断で自分のものだとすることだと理解してきた。たとえば小説の作中人物が「ノルウェイの森」を読む、といった描写は問題ないけれど、作中の文章をそのまま抜き書きするのは引用としての意味が明確にされていないと問題になる。また、小説のタイトルが既存の小説や楽曲のタイトルと同じでも、内容が異なれば問題にならない。キャッチコピーやキャッチフレーズの類も著作権保護の対象とはならないようだ。
微妙なのはキャラクターの扱いで、既存作品のキャラクターを作品世界にあるものとして登場させることは著作権に抵触しないと考えられる。たとえば小説の作中人物が「ドラえもんの道具じゃあるまいし」と発言する、みたいな表現は可。しかしドラえもんの姿をプリントした商品を勝手に作ったり、映像化したりするとこれは著作権侵害になる。これはマンガやテレビ・映画のキャラクターなどの容貌や姿態などを利用する場合には著作権が及ぶとすることが、判例としても確立しているから。じゃあ視覚的な表現ではなく言葉の上で表現された小説のキャラクターもについても同様か、というと「表現」を保護する著作権の対象にはなり得ないと考えられている。キャラクターの性格や容姿の描写、役割などは著作物の重要な部分ではあるけれど、それ自体は「アイデア」の領域に属するものだから。ただし、キャラクターの設定が作品のストーリーに大きく関わる場合など、翻案に当たると判断される場合は別で、この場合には著作権(翻案権)が及ぶ恐れがある*1
さらに実在の人物や商品をモデルにした場合の肖像権・商標権などとの関係や、著作権と著作人格権の違い、各国の法制度の違いや、著作権の失効の期間など興味深いトピックは色々あるが、瑣末になるし自分の能力を超えるのでここでは省略する。とまあ、著作権に関する自分の考えを整理した上で「パクリ」という言葉の使われている状況を考える。まず、辞書的・法律的な意味での「剽窃」「盗作」という概念と、上記スレッドで取りざたされている「パクリ」は異なるものである。上の文章で説明したように小説の設定がいくら似通っていようと、違う人が書けば違う作品。アイディアは法律では保護されないからだ。では2ちゃんねる住人の感覚として持っている「パクリ」とはどのようなものだろう。以下に「最近月姫のパクリのラノベが多いですね」スレッドの>>1の投稿を引用する*2

最近月姫のパクリのラノベが多いですね

1 :イラストに騙された名無しさん :04/09/14 08:18:21 ID:UayjmVIc
  パクリ多いですね。
  以下のものが出てきたらパクりの可能性が高いです。

  ○主人公が2重人格だ
  ○実は家は旧家だ
  ○しかも殺人衝動がある
  ○ヒロインが最強レベルだ
  ○妹がいる。呼び方は兄さんである可能性が高い
  ○メイドがいる場合もある
  ○出合って即効コンビを組むことになる 
  ○主人公が正義漢だ
  ○トラブルがおきても「ほっておけない」と言い、首を突っ込む。
  ○そして自己犠牲もいとわない。
  ○人外のものがいる。
  ○やたら裏設定が詳しい
  ○主人公の武器はナイフだ
  ○一撃必殺系の攻撃がある
  ○登場人物がやたら自分に酔っている
  ○魔術が出てくる
  ○超能力も出てくる
  ○言ってみれば伝奇モノだ。しかも新伝糸奇だ。
  ○キャラがかぶってる。
  ○ストーリーがかぶってる。
  ○っていうかコピーのようだ。

投稿者>>1はこの箇条書きを「月姫」という同人ゲームのオリジナル要素であるとし、それをネタと取ったラノベスレ住人が面白がってこれもパクリ、あれもパクリとあげつらった。ジャンル小説によくあるキャラクターの特徴や属性を挙げて当てはまるものを数えてったら、どんな作品にだって該当項目は出てくる。スレッド内でも不毛だというレスが何度もついた。この箇条書きにあえて月姫とは縁もゆかりも無い先行作品を当てはめて、大半が該当するからパクリだ、などとする遊びも頻出した。そもそも、このスレッドを立てた軽率な>>1を揶揄するイントネーションも込めて「パクリ」という言葉が使われているから判断が難しい。が、このスレッドの「パクリ」は“似ている”とか“同じスタイルである”くらいの軽いものに感じられる。一般的にも曲調や技法が似ているだけで、この曲は○○のパクリ、などという使い方がされているように思う。漫画や小説、映画にゲームなどの表現物でも同様。
その昔、この作品はSFだがこっちはそうじゃない、といったようなSF論争があったと聞く。今回のパクリ論争も、この作品は同じ系統に属している/いない、というジャンル分けの感覚に根ざしているのではないかという気がしてきた。そもそもオリジナル創作の同人ゲームである「月姫」。さらに、同人である月姫から二次創作をおこなう同人が現れ、商業作品としてアニメまで作られたという月姫の特権的な立ち位置がこの論争を興味深いものにしている。
僕は月姫をプレイしたことがないし、そこから派生した二次創作物もほとんど目を通したことが無い。同じ制作者たちの手による商業作品第一弾「Fate」は購入したが、一度起動したきりだ(笑)。だからオリジナルとしての月姫に関しては確かなことは言えない。しかし、一般的に二次創作や同人の世界においては、一つのジャンルに属するという感覚はプラスに作用する。そもそもどのジャンル、どの作品のパロディ、誰向けか、ということに意識的なのが(たとえオリジナル創作であっても)同人活動という世界であると思う。そこに「パクリ」という言葉を使ってしまったがために、その危うさが露呈してしまっったのが、この「最近月姫のパクリのラノベが多いですね」スレッドに関心が集まった原因ではないだろうか。作品の構造が既存作品と似通い、あるいは後発のライトノベルとも似通うのは当然のことかもしれない。あるジャンルに向けて作品を発表するというのは、同じセオリーを踏まえるということなのだから。

*1:この「視覚的なキャラクター」と「言葉の上でのキャラクター」の違いについては、社団法人著作権情報センターこのページに詳しい。

*2:引用元:http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1095117501/-1